「平和の道具として」シスター 入江 純子
「アシジの特別聖年」にあたり祈ります。『わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことである。』(「マタイによる福音書」第25章40節)暑かった夏も過ぎ、気持ちの良い秋風が感じられる今日この頃です。
10月3日に天に召されたアシジの聖フランシスコのお祝い日は、10月4日です。聖書に、『わたし(神)の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたし(神)にしてくれたことである。』とあります。聖フランシスコは、この福音の真理を生き抜かれた方です。
上流階級の資産家に生まれたフランシスコは快活な性格でした。何不自由なく恵まれた生活をしていましたが、それでも幸福ではなく、人生に何かが欠けていると感じながら暮らしていました。ある日、彼が馬に乗っていると、みにくくてぞっとするような皮膚病 ハンセン病の方に出会いました。フランシスコは何かに心を動かされたかのように、廃人のような彼を抱きしめました。この箇所はフランシスコの遺言の中に次のように書かれています。「彼らのもとを去った時、以前にはつらく思われていたことが、私にとって魂と体の甘味に変えられました。こうして私はしばらくとどまって世俗を出ました。」
「わが神 わがすべて」を信念に、できる限り完全にキリストに倣(なら)うこと、キリストと全く一つになることが彼の最高の望みでした。十字架につけられたキリストの愛に駆(か)られたフランシスコの心は、いつもキリストのことでいっぱいでした。口にも、耳にも、目にも、手にも、彼の体のすべてはキリストを担(にな)っていました。そして心の貧しさや清さ、忍耐と謙遜(けんそん)でもって無所有の生活をしながらキリストに倣う者となられました。
2025年、フランシスコ会は「太陽の賛歌」800年祭を祝いました。この歌は神が創造されたすべてのものは善いものであるという世界観をもったフランシスコの人生の歩みの中で生まれたものです。
「太陽の賛歌」抜粋
いと高き、全能の善き神よ 賛美と栄光と誉れとすべての祝福は ただあなたのもの それらはみな、あなたにこそふさわしく 人は誰もふさわしくあなたを語ることはできません…賛美されますように、私の主よ あなたがお造りになったあらゆるもの とくに、貴き兄弟である太陽によって この兄弟は真昼の光、この兄弟によって あなたはわたしたちどもを照らしてくださいます…
賛美されますように、わたしの主よ 姉妹である月と星とによって…
賛美されますように、わたしの主よ 兄弟である風によって…
賛美されますように、わたしの主よ 姉妹である水によって…
賛美されますように、わたしの主よ 兄弟である火によって…
賛美されますように、わたしの主よ 姉妹であり、わたしたちの母である大地によって
賛美されますように、わたしの主よ あなたへの愛の故に人を赦し 病と艱難(かんなん)とを耐える者らによって
平和のうちに耐え忍ぶ者らはなんと幸いなことでしょう
いと高き方よ この人々はあなたから冠を戴(いただ)くことでしょう
賛美されますように、わたしの主よ 姉妹であるわたしたちの肉体の死によって この姉妹から、生きとし生けるものは誰一人として逃(のが)れることはできません…
あなたのいとも聖なるみ旨(むね)のうちに 自らを見出す者はなんと幸いなことでしょう
賛美し、ほめたたえ、感謝せよ、わたしの主を謙遜の限りを尽くして主に仕えよ
太陽も月も星も、風も水も火も、草木も。そして父母も友達も私も。生きとし生けるもの、皆、創造主である神に創られた兄弟です。
平和の道具とは、愛されることよりも愛すること、理解されることよりも理解することのできる、相手の立場に立てる人です。8月9日に平和宣言をされた長崎市長の言葉の中にも「平和の原点は、人の痛みが分かる心を持つこと」とありました。
シスターのひとこと 平和の道具は切れ味のいいものであること、よく手入れをされていて必要な時にさっと出せること。私はここにおります。私をお遣(つか)いください。愛によって真理に向かうあなたたちは、平和の善き道具になります。

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福岡海星女子学院